第8話 望まぬ再会U

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                 オレの仮住まいはパリの中央警察署から少しのところにあるアパートだ。 本当はミシェルが                   仕事で忙しい時に泊まる部屋で、1LDKとシンプルだがオレには十分快適だ。                  「どうぞ」                   アリスを先に部屋へ入れて、オレはドアを閉めた。                  『おかえり。 あんたが女を連れて帰ってくるなんてめずらしいわね』                   ジュリーは自分の言葉が他人に通じないのをいいことに、思ったままを口にする。                    まぁ、彼女の場合、嫌味で言っている訳ではないから、たいてい気にはならないが。                  オレはアイコンタクトでジュリーに邪魔しないでくれ、と伝えた。                  『そんなつもり全然ないわよ』                   そう言うとジュリーはくるっと背を向け、コーナーのクッションの上に座った。                    傍には本が開いておいてある。 キノコ大百科≠読んでいたらしい。  そんなにキノコがなつかしいのか、ジュリー……。 「かわいいブタね」 アリスがにっこり微笑んだ。  笑い方はあのころのままで、オレは昔の事を思い出した。 ――あれは中学を卒業した年の夏休みのことだ。 オレは仕事の用事でたまたまシンプソン家を訪れた。 仕事というのは卒業と同時に始めた 荷物運び業のことで、オレは家具か何かを届けに行ったように思う。   オレの家……正確には預けられているおじの家だが……は貧しかった。  オレが成績優秀で あれば奨学金がもらえたのだろうが、あいにくオレは凡人で、高校へは行けなかった。 一方、小・中と一緒だったアリスは家が大金持ちだったので、名門の女学校へ進学した。 まぁ、これは当然で、アリス程の大金持ちが普通の学校へ通っていた事の方が不思議なくらい だった。 オレが届け物をしに行った日は、ちょうど夏休みがはじまった頃で、アリスがたまたま家に 帰ってきていた。 久々の再会で話に花を咲かせているうちに、アリスが突然フランス旅行に 行かないか、と言い出した。  今思えばこれがオレの運命のはじまりだったのだ。 「はぁ? フランス旅行? なんでオレが?」 「チケットが余っちゃったの。 本当は友達と遊びに行くつもりだったんだけど、家の用事で行け なくなっちゃって」 フランスというとパリだろうか? 女の子が行くんだからきっとそのあたりだろう。 「フランスのどこ?」 「南の方のモントーバンって所。 田舎だけど休暇にはもってこいだと思うわ。 ランディーは ずっと働きづめなんだから、思いきって旅行に行ってみたら?」 「そうだなぁ……でもオレ、アメリカから一歩も出たことないんだぜ? 電車も数える程しか 乗った事無いのに、飛行機なんて化物に乗れるのかよ」 「そんなの乗っちゃえば向こうに着くわ」 「なぁ、フランスって英語圏?」 「フランスはフランス語よ。大丈夫?」 多分アリスはオレの頭を大丈夫? と言ったのだろう。 当時のオレは本当に無知のカタマリだった。 「オレ、フランス語話せないからパス」 「この機会に少しでもフランス語を習ってこればいいじゃない」 「そりゃいい考えだ!! ところでチケット代っていくらだよ?」 「別にいらないわ。 あなたが行く気があるならプレゼントするわ」 「そんなのアリスに悪いだろ。 オレが自分で……」 「いいの。 もうプレゼントするって決めたんだから。 それでランディーは行くの? 行かないの?」 彼女はオレが貧乏なのを十分知った上で、こんな事を言ったのだろう。 「お金のことなら心配いらないわ。 私の家はお金持ちだもの。 ね?」 「――サンキュ。 そのチケットもらうことにするよ」 こうしてオレはフランスに飛びたった。 そこでトラックから脱走した若き日のジュリーと出会い、 今のオレがあるという訳だ。




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