「魅惑のペンネーム」

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                   最近、やたらと宅急便が届く。                    それも、身に覚えのない荷物が大量に、だ。                    「…ジュリー、何か頼んだのか?」                    ダンボール箱をダイニングまで運んで床に下ろす。ジュリーは背(というか体高)が非常に低い為、                    テーブルの上に置くと具合が悪いのだ。                    『ありがとさーん♪』                       蹄をカチカチと鳴らしながらジュリーが上機嫌で歩いてくる。                    きっとまたネットで何か注文したのだろう。ジュリーはブタであるにも関わらず、パソコンを駆使して                    自分のプレミアムフードやシャンプーといった食料・生活用品の購入はもちろん、最近では空気清                    浄機や酸素エアチャージャーといった電化製品までも購入している。このような場合、オレに相談など                    は一切く、荷物が届いて初めて購入の事実を知ることになる。何ともスリリングで心臓に悪い。しかも、                    組み立て・配線は全てオレが担当と決まっている。ジュリー曰く『身体構造上、できない作業もあるん                    だから手伝ってよ!』ということらしいが…せめて注文した日に教えてもらいたいものだ。                                        「今度は何を買ったんだよ?」                    『別にいいじゃないの〜 何を買おうと。私の貯金の中でやってることなんだから、文句言わないでよ』                    「文句じゃなくて、単なる質問だよ。開けるぞ」                                        包装紙を剥がし、ふと差出人の欄に目をやると、“JAPAN”の文字が見えた。                    「JAPANってことは電化製品だな。ん? お前もしかして…Nationalのジョーバ買ったのか?」                                   以前、日本に面白いエクササイズマシンがあると、ミシェルとジュリーが言っていたのを思い出したのだ。                                             『あぁ、あれね。外腹斜筋とか中殿筋とか体幹筋を中心にを筋力アップできていいらしいけど、ブタの                     アタシにとっては何の意味もなさないマシンよ。この体でどうやって跨れって言うのよ? 私が買う                     わけないじゃない』   「じゃあ、わざわざ何を買ったんだよ?」                    『日本のコメディアンのDVDを買ったんだけど、それにしちゃあ大きいわよね。ちょっと紙見せて』                    鼻先に差出人の紙を差し出すと、ジュリーはブヒブヒと嬉しそうに鼻を鳴らし始めた。                    『やった〜! 抽選でエレキギターが当たったわ!』                    「…エレキ???」                    『ロック雑誌で感想文書いて送ったらギターが当たったの! 読者1名のみの難関を突破したのよ!                      すごいわ…やっぱアタシって強運の持ち主ね』              「なんでわざわざ日本の雑誌に送るんだよ。フランスから近いイギリスとか、本場のアメリカに送れば                     いいだろ?」                    『あんた、わかってないわねぇ。日本の方が競争率が低いのよ。アメリカじゃ世界中から応募が殺到す                     るわよ。それにねぇ、日本の企業の方が真面目そうじゃない? こうやってフランスまで送ってくれる                     わけだし。…あぁ、でもそれは雑誌会社がっていうより、佐川郵便が優れているってことなのかしら…                     あの赤いフンドシをいつか触ってみたいもんね…』                   ジュリーの言葉の後半は何について語っているのか理解不能だが、とにかく感激しているらしい。                                        「ところで、なんて書いたら限定1名のプレゼントが当たるんだ? コツでもあるのか?」                    『別に…普通の短い感想文よ。マグレじゃないの? 正直、アタシも当たるとは思ってなかったしねぇ…』                    当てておいてそれはないだろう。他の応募者に少し申し訳ない気持ちになる。ダンボールからエレキ ギターを注意深く取り出すと、小さい封筒が箱の底から出てきた。担当者からのメッセージカードらしい。                                       「これ、何て書いてあるんだ? オレ日本語全然ダメ」                      カードを投げるとジュリーは前足で押さえ、鼻を使って器用にカードを開いた。 『おめでとう! 貴女にエアロスミスのサイン入り限定エレキギターを送ります。ペンネームで貴女に                     決めました! これからもよろしく。…だって』                                       カードの宛名を見ると、“平 肋骨”とある。                                                           「このペンネーム、どういう意味なんだ? 解説してくれよ」                    『やーねー。こういうのは自分で考えないと。でも、ま、いいわ。ちょっとヒントあげる。ランディー、                     エアロスミスは知ってるわよね?』                    「もちろん。オレ、一応アメリカ人だぜ」                    『ホラ、あんたって割と音楽に疎いじゃない? だから知らない可能性も考慮したのよ。じゃ、エアロ                     スミスのボーカルは?』                    「スティーブン・タイラー」 『へぇ〜。意外に知ってるのね。ホントに意外だわ』                    ジュリーは純粋に感心しているらしく、口を開けてフガフガ音を出した。                    「これでもアメリカにいた頃は、割とハードロックも聴いたりしてたんだぜ。“ロックの殿堂”入り                     してるグループを知らないわけないだろ?」                    『へぇ〜。じゃあ、もうわかるわよね。あ! また宅急便が来たみたい。あとは一人で頑張って』                                       今日一日、一体いくつ荷物が届くのだろう? 狭い我が家の残りスペースが気にかかるが、今度の荷物                    は小さいらしい。ジュリーが一人で鼻に紐を引っ掛けて運んでいる。                                       『やったわ! DVDが来たの♪ “すべらない話”よ! さっそく見なきゃ』                                       オレには全くわからないタイトルを連呼しながら、ジュリーはパソコンに向かって駆けていった。                                       ふと、床に置きっぱなしになっているカードを拾い“平 肋骨”の文字を改めて見てみる。                    肋骨というペンネームは余り魅力的には思えないのだが。                    しばらく考えて気が付いた。                                       …なんだ、リブ・タイラーか。                    『ランディー、一緒にDVD見ない?』                    ジュリーの声がリビングから響いている。                    ウチの相棒は本当に変わったブタである…。                    




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