第12話 絆 

  ライン


「おい、まだ起きてるか?」 『…………』 「起きてるんだったら、ちょっと聞けよ。いいか?」 『…………』                    ジュリーは沈黙を決め込んでいるらしい。こんなにコイツが黙っているなんて、信じられない。                   「いいか。返事はしなくていいから聞いてろよ」                   オレは大きく一息吸った。 「ジュリー、おまえが"IQ3"だろうと"IQ200"だろうと、オレ達の生活は何も変らないぜ」 『…………』 「―――だから余計な心配なんてする必要ない」 『…………』 「そうだろ?」 『…………なんで分かったのよ?』 ようやくジュリーが口を開いた。ものすごく不機嫌そうだ。                  布団から顔を半分だけ出して、恨めしそうにオレをみている。 「長年パートナーやってるからね。おまえの考えてる事ぐらい、お見通しなんだよ」 『…………なんかそれって、すごく気に食わない』 ジュリーは蹄をカチカチ鳴らしながら、何やらブツブツ続けている。 不思議だが、こういうところは、やたらと子どもっぽいのである。 オレはジュリーの顔を半分覆っている布団に手を伸ばすと、完全に顔を出した。 ジュリーは渋々、蹄を鳴らすのを止めたが、まだ恨めしげな表情をしている。 「それなら、オレにわかんないように考え事してくれよ。…ま、おまえにそんなことができるとは 思わないけど」 オレがニヤリと笑いかけると、ジュリーも笑ってタメ息をついた。 『…………確かにムリね。…でも、そんなのお互い様でしょ?』 「そのとおり。だから諦めなさい。…だいたい、おまえが悩んでるってだけでペースが狂うんだよな」 オレがジュリーの鼻をチョンと小突くと、今度は烈火のごとく怒り出した。 『なによ! 急に偉そうになっちゃってさ。あたしの四年に一度の悩みにケチつける気?』 そうなのである。オリンピックみたいだが、ジュリーの"悩み周期"は四年に一度と決まっている。 それほど彼女には悩みが存在しないのだ。もちろん、ストレスなんて生まれてこのかた感じた事がない。 これでジュリーが日頃、いかに自由奔放で気ままに暮らしているか、よく分かってもらえるだろう。 しかしまぁ、パートナーとしては、神経過敏な悩みがちのブタより、超楽天的で神経がワイヤーケーブル のように太いジュリーの方が楽ではある。時に繊細さがあってもいいのではないか、と思うことも確かに                  あるが…。 「その四年に一度の悩みはもう解決したんだろ?」 『そうよ』 「なら、いいさ。明日も早いからさっさと寝るとしよう。おやすみ」 オレはおやすみと言ったのに、ジュリーは止まらない。いつものマイペースさが戻ってきたと思えば、 喜ばしいことなのかもしれない。 正直なところ、オレはそろそろ眠たいんだが…。 『この記念すべき悩みを、ノートに書いておいたほうがいいかしらね? 次がいつ来るかわからない んだから、しっかり書いとかなきゃ。ちょっと、ランディー、聞いてるの? もう寝ちゃった?  あ、そうだ!』 オレは既に半分夢の世界に旅立っているが、記憶の端で、微かにジュリーの声がする。 『…明日採れたトリュフで一番高いのを、あんたにあげるわ』 その声が途切れると同時に、オレは深い眠りに落ちていった。 その日の夢に、トリュフが出てきたことは言うまでもない。                       ――あるときは麻薬捜査員と麻薬捜査豚      あるときは凡人と豚国宝      あるときは国民栄誉賞受賞者と国豚栄誉賞受賞豚…そんな      さすらいのトリュフハンターをあなたの胸に刻み込んでおいてほしい。                                    第2巻   ― 完 ―




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