「…チリリリリ…チリリリリ…」 「はい、ロッドマンです」 遠い記憶の片隅で、電話の音がする。そして誰かの声もしている。 「あぁ、ミシェル。おはよう。…うん、…はいはい。まだ寝てると思うけど、叩き起こすわ。 …ちょっと待っててね」 どうやら、電話の相手はミシェルで、取ったのはジュリーらしい。 そしてジュリーはオレを叩き起こすつもりのようだ。 …きっと優しく起こしてはもらえないんだろうなぁ。 ジュリーが蹄の音をカタカタさせて近づいて来る。 叩き起こされる前に、さっさと起きてしまった方が利口だろうか? でも、眠い。オレはもう少し寝ていたい…もうちょっとだけ…。 『覚悟!』 薄目を開けると、ジュリーの飛び蹴りがオレの顔めがけて飛んできている。 こいつは最近、キックボクシングにすっかりはまってしまい、毎朝こんなふうにいろんな技を掛けて くるのだ。全く、コイツは自分がブタであるということを、忘れてはいないだろうか。 「蹴りが甘いわっ!この若僧がっ!」 オレはしっかりとジュリーの首根っこを捕まえた。 「こんな短い足でハイキックが決まるとでも思っているのか。もう少しブタの体型に合った技を 見つけるんだな」 オレに両足をがっちりホールドされた状態で、ジュリーは不満そうに声をあげた。 『そんなのあると思う?』 「いや。そもそも、人間用の技をおまえがやろうとしてるのが、無理があるんだよ」 『…別にいいもん。自分でオリジナル技を編み出しちゃうから』 「そーかい。好きにやってくれ。―――ところで、誰から電話だっけ?」 『ミシェルよ。早く出なさいよ』 そう言って、ジュリーはオレを鼻先で小突いた。 ジュリーが飛び蹴りなんてしなければ、もっと早く電話に出れるんだが…。 この理不尽さについて口に出すと、また1ラウンド交えることになりそうなので、黙っておくことにしよう。 オレは居間まで歩いていくと、パソコンの隣に置いてある電話の受話器を取った。実はこのパソコンと 電話は直接接続されていて、誰かから電話がかかってくると、パソコンからでも電話に出られるように 設定してある。これはもちろん、オレが知らない間にジュリーが勝手にやったことである。 からくりはこうだ。電話がかかってくると、パソコン経由で受話器をONにして相手方の用件を聞く。 その後、ジュリーは話したい内容をパソコンに入力し、人間の音声に変換して相手と会話をするのだ。 この工程は随分と時間がかかりそうだが、ジュリーはしゃべるスピードで文字が打てるので、全く 不自由していない。 ───それもそのはず、彼女のブラインドタッチの師匠は、あのダイアン・ウォルスタインなのだ。 彼女の見事な指裁きは人間の動体視力では捕らえることができず、その神懸り的な技術はもはや 芸術の域に達していると言っても過言ではない。おそらく、ジュリーは世界一の先生についてもら っていると思う。