第10話 電話でこんにちは  

  ライン


「君、アメリカからきたそうじゃないか。大学はどこだい?」 ハインリヒがワイングラスを片手に問い掛けてくる。 オレは一体、いつになったらこの質問攻めから開放されるのだろう。 しかし、今は悠長に考えている時間はない。こうしている間にも、会話は進んでいるのだ。 さっさと済ませてしまいたい。 …ただ、彼の質問に正直に答えるべきか、否か。これは迷う所ではある。 「大学には、いってないんです」 「どうして?」 ハインリヒが笑顔で理由を尋ねる。これまでの会話からして、この斬り返しは予想できたが、                 あまり触れたい話ではない。 「…………私は貧しかったので」 「それじゃあ、高校しか出てないのかい?」 ハインリヒはおかしさをこらえているような喋り方をした。オレのマイナス思考がそうさせている のかもしれないが、オレにとって、気持ちの良くない喋り方であることは事実だ。 「…いいえ。私は高校も出ていません」 「本当かい?」 彼は、のどの奥でクックックッと笑った。 「ええ。本当です。最終学歴はジュニア・ハイスクールになります」 「でも、奨学金を貰えば誰だって行けるんだろう?」 「成績優秀者なら、行けますが。あいにく私はそうではなかったので」 「何か他に夢中になることでもあったのかい? 僕の経験上、そんなに難しかった覚えはなかった けどな。…あ、ジュニアハイスクールの時にシニアハイスクールのカリキュラムをやったことが あるんだけどね」 「…それはすごいですね」 とりあえず、笑顔で話を合わす。しかし、彼のしつこい質問にはもうウンザリである。 何とか、これ以上の質問攻めは逃れたい。何かいい方法がないだろうか…? 「ねぇ、ランディー。あなたの電話、鳴ってるんじゃない?」 「えっ? あぁ、ホントだ! ありがとう」 考え事をしていたせいで、気づかなかったらしい。 オレはスーツの内ポケットから携帯電話を取り出した。 「もしもし?」 「あたしよ。隣のバカにかわって!」 相手は名乗らなかったが、オレにはすぐにわかった。 こんな強引なやり方をするのはただ一人、我がパートナーのジュリーである。 「ジュリー、誰のことを言ってるんだ?」 「ハインリヒ・ドゥ・ラ・フルトのことよ!さっさと出してよ!」 どうしてジュリーはオレの隣にハインリヒがいるなんて知っているんだろう?  あいつはロイと一緒に家にいるはずなのに。ついにエスパーの能力でも開花したんだろうか?    …疑問は尽きないが、会話の途中で長電話をするのも失礼だろう。 とりあえず、人のいないところに行くことにしよう。 「すみません。ちょっと失礼します」 オレはそう言ってから、ミシェルをチラッと見た。 ハインリヒと二人にさせるのはマズイと思うのだが、彼女を連れて行くのもおかしいような気がする。 大丈夫だろうか? 「用件は早く済ませてきて。私はここで待ってるから」 この様子だと、大丈夫そうである。オレは足早にバルコニーから立ち去った。 バルコニーから離れ、人気のない廊下の隅で電話を取る。 「ジュ…」 「なんでハインリヒから離れたのよっ! あたしの話聞いてんの?」 「………………オレの話も少しは聞けよ。なんでおまえに、こっちの状況がわかるんだ?」 「だって、聞こえるんだもん」 オレは一瞬止まった。一体コレはどーゆーことだろう? やっぱりエスパーの能力が開花したのだろうか?  ジュリーの場合、ありえなくもない気がするが、探りは入れておくことにする。 「…どこから聞こえるんだ?」 「機械から」 「…なんの機械だよ?」 「……盗聴器」 オレの思考がフリーズした。盗聴器だって? 「盗聴器って、もしかしてオレに付けたのか?」 「そーよ」 ジュリーは悪びれた様子もない。 「いつ付けた?」 「昨日の夜。…スーツの裏にこっそり…」 「盗聴器なんて、どこで手に入れたんだ?」 「ネットでサササっと!」 誇らしげにジュリーは言った。コイツにはまるで反省心というものがない。 わざわざ夜なべして、盗聴器をスーツに仕込むなんて、普通じゃない。 もちろん、ジュリーが普通じゃないことはよくわかっている。しかし、だ。 オレは途方もない精神的疲労に襲われた。 「それより、早くあのバカにかわってよ!」 「何を話すつもりだ?」 「アイツをギャフンと言わせてやるのよ!」 「……その考えにはオレも大いに賛成だ。だけど、あんまり常識からはずれたことはするなよ。 わかったか?」 「OK!OK!ノープロブレムよ! あんたが話のわかる人間でよかったわ!」 ジュリーは早くも鼻息を荒くして意気込んでいる。 「…そーかい。じゃあ、ハインリヒのところに今から戻るよ」 オレは携帯をポケットに入れてダンスホールを抜けていく。 ジュリーに任せるのはかなりの危険があるが、ジュリーなら、ハインリヒを言いくるめてくれるかも しれない。オレでは正直、形勢不利である。それはさっきの会話で既に実証済みだ。 ジュリーは出し所を間違えると後が怖いが、ここはジュリーに頼むしかない。




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