第11話 音量にご注意 

  ライン


足早にバルコニーに戻ると、オレはすぐにハインリヒに声をかけた。 「すみませんが、電話に出てもらえませんか?」 「…僕が?」 ハインリヒは驚いた表情で自分の胸を指差した。 「そうです。お願いします」 「別に構わないが…僕に何の用なんだい?」 「とにかく出ていただければわかると思います」 オレは適当に言葉を濁して、携帯を彼に渡した。 ハインリヒは訝しげな顔をしながらも、一応は電話に出ることにしたようだ。時代遅れなオレの携帯 のデカさに驚きつつも、携帯を受け取ると耳に当てた。 この男、セレブな割に意外とサービス精神があるのかもしれない。いや、セレブだからこそ、見ず知ら ずの人間と電話をする気になるのかもしれない。 「いったい、僕に何の用があるんです?」   「電話を耳に当てない方がいいわよ」 「!なっ!なっ! なんなんだ!」 ハインリヒは驚いて電話を耳から離した。ジュリーの声は彼から離れている、オレとミシェルにも ハッキリ聞こえるぐらいの大音量だった。 「君、もっとボリュームを下げてくれ。いつもこんな風に大きい音で聞いてるのかい?  難聴になりそうだ」 オレは彼に言われる前に、すでに携帯を取ってボリュームを下げ始めていた。 さっきジュリーと話していた時は普通のボリュームだったのだが…どうしてだろう?   「無駄よ。音量はこっちで操作して       るんだから。電話を執事にでも持       たせて離れて喋ったら?」 「……わかった。そうするよ」 オレはハインリヒを見た。彼はただ呆気に取られていて、2・3秒固まっていたが、その後、指をパチン と鳴らした。 「おい、電話を持っていてくれ」 そう言われた執事はオレの腕から携帯電話を取ると、主人のほへ向けて恭しく差し出した。 ただし、2メートルほどの距離を開けて、だが。 おそらく、こんなことは彼の人生で初めての経験であろう。 ───携帯電話を携帯せずに、わざわざ離して持たなければならないとは。本末転倒も甚だしい。 「彼女はいったい誰なんだ?」 「その質問は後!」 オレが言うより先に、携帯電話が答えた。この距離だと、丁度いい音量である。 「それで、僕に何の用があるんだ?」 「あんたがランディーを馬鹿にするから、アタマにきたのよ。わかる?」 「わからないな。僕は馬鹿にした覚えなんてないよ」 「あっそ。あんたが覚えていようがいまいが、そんなの関係ないわ! とにかく、何か言いたいこと があるなら、今からあたしの出す質問に答えてから言いなさいよ」 「…何で僕がそんなことしなくちゃならないんだ?」 ハインリヒは声を荒げた。まぁ、無理もない。いきなり見ず知らずの女から電話がかかってきて (本当は見ず知らずのブタなのだが…)、命令口調で捲し立てられたら、怒るのも当然である。 「文句があるなら質問に答えた後よっ!」 「………ひどい口の利き方だね、お嬢さん。僕に質問に答えてほしいなら、もう少し丁寧な言い方って ものがあるんじゃないか?」 「Shut up! 質問に答えろって       言ってるのがわからないの?  それともあたしの質問に答えら れないのが恥ずかしくて、いつ までも渋ってんの?」 「そんなんじゃない!」 「じゃあ、さっさと質問に答えなさいよ! いいわね」 「わかったよ!」 ハインリヒはバルコニーの桟を右手で叩いて言った。 ジュリーは恐ろしいブタである。相手は警察官なのに、まるで借金取りのように、凄まじい口調で 攻め立てて、ついには了承させてしまった。それにしても、ジュリーはどうしてこんなに火がつきや すいのだろう? オレ達は毎日、のんびりとトリュフを採っているだけなのに…。 一体どこで"shut up"なんて言葉を覚えたんだ…。




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