第12話 クイズバトル

  ライン


「じゃあ、質問するわよ。─────"フランダースの犬"って知ってる?」 「ああ、知ってるけど」 「その"フランダースの犬"に出てくる犬の名前は?」 「なんだ、そんなことなら簡単さ。パトラッシェだよ」 「…そうね。で、問題はここからよ。そのパトラッシェのモデルになった犬の種類って知ってる?」 「知らないよ。そんなこと物語に出てこなかったからね」 「あたしは物語の質問をしてるんじゃないわ。とにかくあんたは知らないのね?」 「そうだよ。そんなこと知ってる人なんか滅多にいないよ」 「ねぇ、ランディー。あんたは知ってる?」 突然のジュリーの呼びかけに、ハインリヒとミシェルがオレの方を見つめる。 ミシェルの目は心配そうに、ハインリヒの目は"何でこの男に聞くんだ"とでも言いたげだ。 オレは呼吸を整えた。 「知ってるよ」 「言ってみて」 「ブービエ・デ・フランダース」 「そのとおり! じゃあ、次。第二問。ハインリヒ、チョコレートって知ってる?」 「ああ、知ってるとも! 僕を馬鹿にしてるのか?」 「そんなことないわよ。聞いてみただけ。───チョコレートが溶けてまた固まると、表面が白くなる のって知ってる?」 「知ってるけど、いったん溶けたチョコレートなんて、僕は食べたことがないね。味も落ちるし、第一 ちゃんと保管してればそんなことにはならないよ」 「あっそう。そんなことはどーでもいいから、これからに出す質問にさっさと答えなさいよ」 「………」 「チョコレートがいったん溶けて再び固まると、脂肪分が表面に白く浮き出ることをなんて言う?」 「………知らないね」 「ランディー、あんたは知ってる?」 ハインリヒがまたオレのことを見た。 「ああ、知ってるよ。───ファットブルームだろ?」 「そうよ。何でこんな簡単なこと知らない人がいるのかしらねぇ?」 「そんなこと、知ってる奴のほうが珍しいんだよ! 学校で習わないような、低級なマメ知識ばっかり じゃないか!」 「だから平等な問題なんじゃない。ランディーだって習ってないわよ。でもあんた、ソルボンヌ大学 を卒業したエリートなんでしょ? それなら、知ってても良さそうだけどねぇ」 「………」 ハインリヒは言葉に詰まってしまった。しかし、そう簡単にはへこたれない。 「……本当によく喋るお嬢さんだ。僕もあなたに問題を出したいな」 「どうぞどうぞ。何でも答えてあげるわよ」 「1992年6月に、ブラジルのリオデジャネイロで会議が開かれたんだが…」 「国連環境開発会議、でしょ?」 「そうだ。その会議で採択された"リオ宣言"…」 「知ってるわよ。で、なに?」 「…人が話しているときに割り込んで話すと言うのは、レディーのすることじゃないよ」 「あっそう。で、問題はなんなの?」 「…………」 ジュリーは全然気にも留めていない様子だ。まぁ、ジュリーに人間の女性のマナーを言ったって、 無駄に決まっている。だが、ハインリヒはこのことを知らないのだから、驚くのも無理はない。 ハインリヒは呼吸を整えると、気を取り直して喋りだした。 「"リオ宣言"の第21原則を知ってるかい?」 ハインリヒの誇らしげな顔がオレ達に向いた。どうだ、こんなことは誰も知らないだろう、 とでも言いたげな表情である。さすがにオレも心配になる。 オレが携帯電話をじっと見つめた、そのとき… 「すべての人のために持続可能な開発を達成し、よりよい将来を保証するため世界の若者の想像力、 理想および勇者が地球的規模の協力関係構造に向け結集されるべきである」 ジュリーの声が流暢に流れてきた。なんとも恐ろしいブタである。何でこんなことを知っている んだろう? おそらく、ネットか何かで見たのだろう。さすがにIQ185は伊達じゃない。 「…………」 「どう?これで満足?───それとも、この後の章も全部言ってみようか?」 「……いや、いい。もう十分だ」 「あっそう。じゃあ、あんたは私の質問に一問も答えられなかった訳ね?」 「あんな質問はひねくれてる。偏った知識の持ち主でない限り、答えられないような問題だ。 そんな問題ばかり出すなんて卑怯だよ」 「何とでも言えばいいわ。答えられなかったことには変わりないんだから!」 ハインリヒは少し考えてから、言葉を選ぶようにしてゆっくり話し出した。 「……君は本当に良く舌の回る女性だね。だけど、忙しくて聞き手は疲れるな。しかも、あまり 上品な言葉遣いとは言えないよ。とてもレディーの振る舞いとは思えない」 「あっそう。あんたがどう思おうと、あたしの知ったこっちゃないって、何回言ったらわかるのよ? あたしは奥ゆかしいレディーなんて目指しちゃいないし、上品な言葉遣いをしようなんて考えた こともないわ」 「…………」 ハインリヒが絶句するのも当然である。 ───普通の女性なら、このような指摘をした時に、多少なりとも響くものがあるのかもしれない。 しかし相手はジュリーである。コイツは断じて普通の女性ではない…というより、そもそも人間で すらないのだ。つまり、ハインリヒは根本的に間違っているというわけだ。 「…君の言いたいことは良くわかった。もう言わないよ。ところで、今までずっと気になってた んだが…」 「何なのよ!早く言って!」 「…あなたがすぐそうやって口を挟むから、僕は質問もできないじゃないか。少しは僕の話も聞い てくれよ」 「はいはいはいはいはい」 「ジュリー、返事は一回!」 「………」 思わずオレの口から出た言葉に、ジュリーは黙ってしまった。珍しくオレに叱られた事にビックリ したらしい。もちろん、オレはジュリーの味方なのだが、ジュリーはときどき(というより頻繁に) 暴走するので、飼い主としては黙っていられないのだ。 「とにかく、僕が聞きたいことは、君が誰かってことなんだ」 「ランディーの姉よ」 「なっ…」 「えっ…?」 即答したのはもちろんジュリー。そして驚愕の声をあげたのはオレとミシェルである。 「…そうか。ロッドマン君のお姉さんか。いや、全然気づかなかったよ」 ハインリヒに意味深な視線を向けられたが、オレは何とも言えずにただ溜息をついた。 「姉弟仲が良いのはすばらしい事だと思うよ。うん。そろそろ、僕は中に入ろうかな。 今夜はゆっくりしていってくれよ」 彼はオレを哀れむように見ると、その場からそそくさと立ち去った。こんなしつこい姉貴がいる なんてたまらない、とでも言ったところか。 執事も携帯電話をオレに渡すと、彼の後を追って部屋の中へと消えていった。




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