第13話 留守番はつらいよ

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「ふぅ〜。やっと乗り切ったわね」 ミシェルがオレに微笑みかける。だが、その表情は、晴れ晴れというより、疲労感の方が強い。 ミシェルはオレ達が話をしている間、殆んど口を利いていないが、傍観しているだけでも緊張した らしい。無意識なのか、意識しているのか定かではないが、グルグルと手首のストレッチをしている。 オレの方はと言えば、もちろん疲れてはいるが、それよりも疑問が頭に残って離れない。 …どうしてオレがジュリーの弟にならなくてはいけないのか。 幸いにも電話はまだ繋がったままである。オレは電話を手に取った。 「ボリュームを普通にしてくれ」 「OK。したわよ」 ジュリーの声は、さっきとは打って変わったようにおとなしい。少しでも自分の言動に反省して いてくれれば嬉しいが、多分、単に攻撃すべき相手がいなくなった為に、声のトーンが下がった のだろう。ジュリーはこれでも、誰彼かまわず噛み付くタイプではない。 …しつこいようだが、これでも。 「何で、オレがおまえの弟なんだよ?」 「だって…本当のこと言ったって信じてもらえないじゃない」 「…そうだったな」 オレはあっさり理解した。ハインリヒにジュリーはブタだと言っても100%信じてもらえない に決まっているからだ。いや、彼でなくても人類の大半は信じないだろうが・・・。 ジュリーに関することに限っては、ウソも方便だと思う。 真実を言わないほうが、世間を上手く渡っていけるのだ。 「でもな。ジュリー。姉はまずかった」 「どうして?」 「オレには姉はいないからな。もし本気で調べたらバレるぞ」 「………」 ジュリーにしては珍しくアホな事をした ものだ。妹と言っておけば良いものを。 「ハインリヒなら、やりかねないわね…」 ミシェルが途方に暮れて、ずるずるとオレにもたれかかってきた。 「おいおい、しっかりしろよ」 そうは言ってみたものの、オレ自身もかなり精神的にまいっているのを感じた。 「ただいま」 ヘトヘトになりながらも、何とか無事、自宅に到着した。 『おかえり』 ロイがパタパタと尾を振りながら出迎えてくれた。全く犬というものは忠実である。 彼はオレ達がドアを開ける前から、玄関で待っていたようだ。それに比べてウチの相棒と来たら、 一体何をしているのやら。きっと居間のソファにでも寝そべっているのだろう。 「遅くなってごめんね」 ミシェルはそう言ってロイの頭を数回撫でた。しかしロイの表情は心なしか緊迫している。 『早く家に帰ろう!』 ロイは必死に言った。ミシェルの顔を潤んだ瞳で見つめながら、真剣な表情で訴えていた。 「ねぇ、ランディー。ジュリーは一体何やったの?」 「さあ? 本人に聞くのが一番いいんじゃないか?」 ミシェルは犬語が理解できる訳ではないが、ロイの意思表示は大方把握している。 これは、ミシェルの観察力もさることながら、ロイの努力によるところが大きい。 以前、ロイと話した際に、彼は自分の感情をミシェルに伝えるため、明確に意思表示をすることを 心がけていると言っていた。彼は動物界でも卓越した「努力」「忍耐」「誠実」の心の持ち主なのだ。 その彼が、血相を変えて「家に帰りたい」と言ったのだ。 忍耐強いことではピカイチの警察犬が根を上げたとなると… 本当にアイツは何をやったんだか…。




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