「…もしもし、待たせてごめん」 「まだ寝てたのに悪かったわね」 「そんなことないよ。ミシェルに起こされてなきゃ、ジュリーのキックでお目覚めだ」 オレは大真面目に答えた。これはミシェルに対するフォローなどではなく、本当のことである。 事実、オレはこの1週間、ジュリーのハイキック(実質はローキック)を受け続けているのだ。 「ふーん。その様子じゃ、まだジュリーの格闘技ブームは冷めてないみたいね」 ミシェルは電話の向こう側で声を上げて笑っている。 「ここ最近はエスカレートする一方で、本当にまいってるよ。昨日も深夜二時までテレビに釘付け になってたんだぜ?」 オレは思わず、受話器に向かって大きな溜め息をついてしまった。 本当に最近、ジュリーの格闘技に対する熱の上げようは目覚しいものがある。ヨーロッパ各国の 放送局以外にも、タイや日本から試合のDVDを購入したりしているのだ。 一体、どうやって手に入れているのだろうか・・・? 「女が格闘技にはまると怖いわよ。どんどんのめり込んでっちゃうらしいから」 「おいおい、脅かさないでくれよ」 正直に言って、これ以上ジュリーに付き合わされるのは御免である。オレはジュリーのトレーニング パートナーにまでなるつもりはない。 「―――で、オレに何の用事だっけ?」 ついつい本題からズレてしまった。今回も仕事のことだろうか? この間、色んな検査もパスしたことだし、次の仕事が来てもおかしくはない。 「えっと・・・明日の夜、ヒマ?」 「ああ、何も予定は入ってないけど」 夜ってことは、どこかで張り込みでもするんだろうか? 「よかった。―――実は明日、同僚の家でダンスパーティーがあるんだけど、それに出て欲しいの」 「…は?ダンスパーティー?」 「そう」 オレはしばらく固まってしまった。どうしてダンスパーティーなんていう単語が突然出てくるんだろう? しかも、警察官の彼女の口から。 「…同僚って、要は警察官の集まりなんだろ? なんでオレが?」 「えっと…。その、詳しく話してるとかなり時間がかかるんだけど…」 どうもミシェルの歯切れが悪い。あまり言いたくない話なのかもしれない。しかし、ダンスパーティー なんてビッグイベントに、二つ返事でOKを出すわけにはいかないだろう。他の人にとっては大した事で はないのかもしれないが・・・。 「事情を聴かないと、どう返事をしたらいいかわかんないしなぁ。説明してくれよ」 「ええ、いいわ」 ミシェルは腹をくくったらしく、一気に喋りだした。