第5話 熱は冷めず 

  ライン


「オレ、何か抜けてる?」 思わず聞いてしまった。自分でもマヌケだと思う台詞だが、つい口から出てしまったのだ。 これではジュリーを非難できる立場にはない。 「ええ。……でも17年間、自分の顔を見てきて何にも感じないなら、私が何かを説明できるとは 思わないわ。残念だけど」 ミシェルは何度目かのタメ息をついた。 「あのさ…」 「何?」 「ダミー役、オレじゃない方がいいんじゃないか?」 ミシェルの様子から察するに、オレでは役不足なような気がしてきた。 だが、ミシェルは意外にもハッキリと断った。 「あなたでいいの。ハインリヒにはもう、そう言ってあるのよ。彼が嫌なことを言っても なんとか切り抜けて」 「でも…職業とか、いろいろ聞かれたらどうすればいいんだ?」 「正直に言えばいいんじゃないかしら。嘘だとすぐに見破られると思うし」 「そうだよなぁ、相手は警察官だしな」 多分、その気になれば、オレの経歴なんて一瞬でわかるはずだ。 警察官が一市民の個人情報を勝手に覗いていいかは別として。 「とにかく、彼のペースに飲まれないように頑張って。明日の6時にそっちに迎えに行くから、 仕度しておいてくれる?」 「わかった。じゃあ、明日の6時に」 「ええ」 「あっ!ジュリーはどうしよう?」   ハインリヒの家はペット同伴OKなんだろうか?    ジュリーは好奇心旺盛だから、おそらく行きたいと言う筈だ。 「彼女には悪いけど、ダンスパーティーには連れて行かない方がいいと思うわ。個人の家だし、 人も多いから。私もロイを置いていくつもり」 「じゃあ、オレの家に連れて来いよ。あの二人、結構仲良いからな。それに、こないだの麻雀の 続きがあるはずだから」 「そうだったわね。ジュリーによろしくって伝えておいて」 「了解。じゃ、また明日」 受話器を置いて、ふと後ろを振り返ると、ジュリーが目を輝かせながら歩いてくるのが見えた。 さっきまではオレの隣で会話を聴いていたのに、今度はリビングで何かをしていたらしい。 忙しいブタだ。 ───ということは。今のオレ達の会話を聞いて目を輝かせているわけではないと言う事だ。 すごく嫌な予感がする。 ジュリーはオレの足元まできて、嬉々とした表情で言った。 『ねえ、四の字固めの実験台になってよ!』 恐ろしいことに、ジュリーは柔道にまでもハマってしまったようである。 オレは諦めてリビングに向かった。




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