第6話 ロイの災難 

  ライン


時計を見ると、すでに5時半になっていた。言っておくが、朝の5時半ではない。 午後の5時半である。つまり、ミシェルの迎えが来る30分前と言うことだ。 なぜこんなにも時が経過してしまったのかと言うと、全てはアイツのせいなのである。 アイツとはもちろんジュリーのことだ。ジュリーはオレを四の字固めの実験台に使っただけでは 満足がいかず、背負い投げだの、大内刈だの、ありとあらゆる柔道の技をオレに掛けまくった のである。そのうえ、次の日の朝は、いつものようにプロレス技をオレに掛け、目をキラキラ 輝かせて、こうのたまったのだ。 『相撲がいいわ!ほら、猪突猛進って言うじゃない。───もちろんアタシはイノシシなんか じゃないけど、遠縁にはあたるワケだし、体格上、真っ直ぐ突き進むのが適してるって気づいた のよ! だからそれを十分に生かせるのは何かって言ったら、相撲なの! ちょっと付き合って!』 …悪い夢なら早く覚めて欲しいものだ。ブタと一日中、プロレスや相撲をして過ごしている 17歳の青年がいるだろうか。いや、そんな奴は青年で無くとも、世界中の人類でオレぐらいしか いない。 …しかし、愚痴をこれ以上並べても空しくなるので、さっさと準備に取り掛かかることにする。 ボヤっとしていたら遅刻してしまう。 リビングでボクシングのビデオを見ているジュリーの横を足早に通り過ぎ、そのままベッドルーム に直行する。入って右にあるクローゼットを開き、一枚しか持っていないフォーマルスーツを手に 取った。そしてすばやく着る。この間、なんと30秒。いつもジュリーに振り回されている生活のおか げか、着替えのスピードにはそれなりに自信がある。 ちなみに食べるスピードはもっと速い。あんまり嬉しいことではないが。 「ピーンポーン」 インターホンが鳴っている。どうやらミシェルが来たようだ。 「ジュリー、出てくれよ」 『今、いいところだからムリ!ランディーが出てよ!』 なんて自分勝手なブタだろう。自分の方が玄関に近いっていうのに。 そう言いながらもジュリーの言いなりになっているオレなのだ。情けない…。 「やあ、ミシェル。時間ピッタリだな」 「その様子だと、今慌てて着替えたみたいね。疲れた顔してるわよ」 「ジュリーの奴に一日中、実験台にされてたんだよ。本当にヒドイから気をつけろ。誰彼かまわず、 技をかけそうな勢いだからな」 『それを早く言ってくれ。それなら家にいたのに』 シェパード犬のロイが恨めしそうに言った。 「きっと今日は麻雀なんてできないぜ」 『…お家に帰りたい…』 「かわいく言ったって駄目さ、もう遅い」 オレがポンポンと肩を叩くと、ロイは何も言わずに、哀愁漂う表情で、じっとオレを見つめた。 かわいそうだが、彼にはオレの代わりにジュリーの相手をしてもらわなければ。 「じゃあな。二人とも留守番よろしく!」 『まっかせなさい!』 『………………』 ロイの目は確実に何かを訴えていたが、オレとミシェルはあえて無視した。 ロイ、ごめんよ。悪く思わないでくれ。今度、骨付き肉でもご馳走するからな。 「さあ、行こうか」 「OK」 ミシェルはそう言うと車のキーを取り出した。 「あのさ」 「何?」 「パーティーに行くのに、オレが助手席でミシェルが運転席だろ。普通は逆だろ?」 「まあね。でもこういうのって結構おもしろいわ。いつも男性が女性をエスコートするっていう "普通"に少し飽きてきてたの。なんなら、私がドアを開けてあげましょうか?」 悪戯っぽくミシェルが笑う。流石にそれはパスだ。いくらなんでも、女性にそんなことをやら せる訳にはいかない。これからオレ達は、"レディーファースト"だの"エスコート"だのが求めら れるダンスパーティーに行くのだから。オレみたいな田舎者は短時間でも練習しなければボロが 出てしまう。オレはミシェルからキーを受け取って、運転席のドアを開けた。 「そうぞ」 「ありがとう。───じゃあ、あなたは助手席に乗って」 オレは車の反対側に回った。ドアを開けて座席に座る。 これで多少はエスコートになったんだろうか? オレは裕福な出ではないので、正直なところ、              マナーとか、エスコートとかの類はサッパリなのである。しかし、少しワクワクする気持ちもある。                  というのも、大きなパーティーに行くのは何年かぶりだからだ。アメリカに居た時には数回経験                  があるが、フランスに来てからは初めてだ。 実を言えば、こちらに来てからも、トリュフ仲間の家のパーティーになら何度も行ったことはある。 だが、オレの場合、同僚はほとんどがベテランの人達なので(オジサンどころかほとんどがオジイ サンである)、そういう家のパーティーというのは、食べて、飲んで、昔の話に花を咲かせるという のがメインなのだ。つまり、今回招待されたようなダンスパーティーなんかとは、最も対極に位置 するモノである。 ―――こんなパーティーにばかり出ていたから、老けたのかもしれないが…。 「よーし!今夜は遊ぶぞー!」 「はいはい、それはハインリヒを攻略したあとでね」 ミシェルにサラッと言われて、遊びに行く訳ではなかった事を思い出した。                   一気にブルーになったオレを乗せて、車はゆっくりと都心に向かって走り出したのだった。




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