第8話 お披露目? 

  ライン


ホールの中に入ると、執事がやってきてオレ達に声をかけた。 「こちらがダンスフロアでございます」 そう言って彼は、左手にある分厚いドアを開けた。フロア内までは付いてこない所をみると、どうやら 彼は"ドア開け専門"の執事さんらしい。 中へと一歩足を踏み入れて、オレは思わず立ち止まってしまった。 「……凄いな」 ミシェルとの約束の手前、一応、落ち着き払った声で呟いてみる。 本当なら、「うわっ!なんだこれはっ!」とでも言いたいところだったが、ダミーとしての役割はもう ここから始まっているのだ。一瞬でも気を抜くわけにはいかない。 しかし、胸中を少し語らせてもらえば、正直に言ってこの家はヘンだ。 警察官の家がこんなに豪華であるはずがない。 とにかく、ものすごい広さのダンスホールなのだ。 天井は二階まで吹き抜けになっているし、その天井からは当然のごとくシャンデリアが垂れ下がって いるし、フロアの両サイドに整然と並べられたテーブルの上には、フルーツや肉の盛り合わせのプレート と、大量のワインが置かれている。 これが本当に民家であろうか。 オレには映画の中のセットみたいに思えてしまうのだが・・・。 「ハイ!ミシェル」 突然呼ばれて、オレは弾かれたように後を振り返った。 「あら、エレン。もう来てたの?」 「いつもならもう少し遅く来るんだけどね。あなたがボーイフレンドを連れて来るっていうから、 早めに来てみたの」 エレンと呼ばれた女性が、いたずらっぽく笑って答えた。 「…別にわざわざ見に来なくたっていいのに」 「そうかしら? 私は結構、見る価値があると思ってるのよ。だって、あなたの口からボーイフレンド なんて言葉が出てきたのが初めてだから。いつもは適当な理由をつけてあしらってたのに、どういう 心境の変化があったのかなって…」 そう言うと、エレンはミシェルからオレに視線を移した。 「ランディー・ロッドマンです。はじめまして」 オレはにっこりと微笑んで彼女に手を差し出した。 「エレン・バーキンよ。はじめまして。―――ミシェルとは同期で、ちょっとミーハーなの。 ごめんなさいね」 彼女はオレの手を軽く握ると、同じように微笑み返した。その物腰は柔らかで、むしろ上品な印象を                  受ける。好奇心ではなく、ミシェルを心配して見に来たようだ。 同期というより、保護者のような感覚 なのかもしれない。 「ミーハーついでに言わせてもらうと、あなたのことは新聞で見て、前から知っていたの。お目にかか れて嬉しいわ」 「それは光栄です。でも、あれは殆んど相棒の手柄で…。オレは付録のようなもんです」 これはウソ偽りのない事実だが、大抵の人間はこう返してくる。 「謙遜なんてしない方がいいんじゃありません?」 「謙遜だなんて。本当にそうなんですよ」 オレは苦笑した。オレの言っていることに間違いはないのだが、必ずと言って良いほど、謙遜にとられる。 本当に、スゴイのはジュリーだけで、オレは至って普通なのだが…。 「あ〜、ミシェル! やっと見つけたっ!」 エレンとの会話に割り込むようにして、もう一人、女性が現れた。 「ここのフロア、すごく広いから探すのに手間取っちゃったわ。30分も前から、あなた達を探してたのよ。 え? 今来たところ? そりゃ、見つからないわね〜。でも、そんなこと、もう見つかったんだし、 どうでもいいわ。それより、早く彼氏を紹介してよ。ね。で、どこにいるわけ?」 「マリー、そんなに興奮しないで…」 呼ばれた相手はミシェルの言葉には耳もかさず、自分の話を続けている。 この自分勝手さと言い、ミーハーさと言い、どこかの誰かとよく似ている。 オレの相棒は今、自宅にいるはずだが、人間の姿をしていたら、きっとこんな感じなんだろう。 「興奮したっていいでしょ? だって、どーんなにカッコよくて、お金持ちで、優しい男にだって振り 向かなかったあんたがさ、恋人を連れてくるなんて、信じられないんだもの。 ―――言っとくけど、今日ここに来る人の殆んどが、あんたの恋人を見に来てるのよ」 オレは驚いてあたりを見回してみた。なるほど、彼女の言うとおりである。 どこを向いても、誰かの視線と合ってしまう。 「で、ウワサの彼はどこ?」 マリーと呼ばれた女性が、目を輝かせて尋ねた。彼女はきっと、コノ手の話が大好きなのだろう。 キラキラとした目は、まるでジュリーがボクシングの試合を見ている時のように、イキイキとしている。 オレは少しミシェルから離れた位置でエレンと話していたために、連れだと気づかれなかったようだ。 ミシェルがオレをちらりと見た。 「あっ、あなたなのね?」 ミーハーな彼女は、ミシェルの視線だけで確信を得たらしい。両手でオレの手を掴むとさっさと 自己紹介を始めた。 「私はマリー・シュゾン。ミシェルとは警察学校からの友人で…えっと、学年は私の方が上なんだけど、 ま、それは置いておいて…所属は交通課で、普段は白バイに乗ってるの。とにかく、よろしく」 「よろしく。ランディー・ロッドマンです」 相棒に似ているせいか、こういう時の対応には困らない。相手の話が終わったころを見計らって、 にっこり笑えばいいのだ。口を挟むと機嫌を損ねかねない。 それにしても、彼女は白バイに乗っているのか。白バイというと、クールなイメージがあるが、案外、 彼女のような人間が交通管理に向いているのかもしれない。 街をうろついているチンピラなど、口で負かしてしまえそうな勢いだ。




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