第11話 仕事=? 

  ライン


「ランディー。もう荷物の検査は終わったの?」 ハインリヒと一緒に、ミシェルとロイが現場の視察から戻って来た。 オレ達は今、爆弾事件の特別本部の隣の控え室にいる。控え室と言うと響きが良いが、室内 には台車やら、ダンボールやら雑然としており、倉庫とあまり大差ない。まあ、いわゆる「動物」 であるロイとジュリーが待機可能な部屋となると、このレベルになってしまう訳だ。 オレとしては倉庫の方が馴染みがあって落ち着けるので、特に文句はない。 「オレ達の荷物検査はあっという間に終わったよ。そっちは?」 『───収穫ゼロだ』 ボソッと呟いたのはロイである。 『あんた、何かいつになく不機嫌ね。どうかしたの?』 『───────────指揮官が気に入らない』 それだけ言うと、ロイは水を飲みに部屋の隅に行ってしまった。 『何アレ?』 ジュリーがオレの顔を見上げて首を傾げる。指揮官とはもちろん、ハインリヒの事である。  ロイは滅多に人の好き嫌いを言わない男なのだが。余程のことがあったのだろう。 「ランディー、ちょっと廊下に出ない?」 唐突に、ミシェルが暗い声で言った。彼女の顔には疲労が色濃く出ている。 現場を視察しただけにしては変だな…と考えていると、ジュリーがのっそりと足元にやってきて、 一言呟くとオレの足を踏んで通り過ぎていった。 『…ハインリヒ…』 ロイだけでなく、ミシェルもハインリヒがらみで嫌な思いをしたらしい。 とにかく今は話を聞かなければ。ロイとジュリーを部屋に残して廊下に出ると、ミシェルは大きな 溜息をついた。 「…ハインリヒが何か?」 「まさか、指揮官が彼だとは思わなくって…最悪だったわ。それにしても、珍しく勘がいいのね」 ミシェルは疲れた表情ながらも、少し笑顔を見せた。ジュリーのお陰だとは言わないほうが良さ そうだ。 「ハインリヒに何か言われた?」 「ええ。あなた達と別れた後、延々と口説かれてたの。あれだけ捜査官がいるっていうのに、ずっと 二人きりで行動させられて…きっと彼が自分でそう仕向けたんでしょうけど…こっちはたまったもん じゃないわ。仕事が進まないどころじゃなくて、仕事なんてできないもの。あの司令官、一体何を 考えてるのかしらね」 ミシェルは再び深い溜息をついた。ここにジュリーがいなくて本当に良かったと思う。 もしジュリーがこの会話を聞いていたら、間違いなくハインリヒに殴り込みに行っているだろう。 個人的にはそれも結構良い手だと思わなくもないが、なにせハインリヒは警察長官の息子である。 そんな事をしたら唯では済まない。まだ、オレ達が仕返しを受けるだけならいいが、ミシェルまで 被害を被るようなことは避けるべきだろう。   「私は捜査官なのよ。司令官の命令に従って捜査はしても、司令官の接待はしないわ」 ミシェルは唇を咬んで黙り込んだ。 「オレがハインリヒに直接言ってみようか?」 「何て?」 「ちゃんと仕事しろ、って」 「立場上、そういう意見は通りにくそうだけど…他にない?」 「そうだなあ…彼はオレ達が恋人同士だと思ってる訳だろ? それなら、オレの女に手を出すな、とか」 自分で考えた台詞だが、どうも古臭くて笑えてきた。ミシェルもつられて笑い出した。 「ハインリヒには何を言っても駄目よ。今日、私が散々"恋人がいるから興味はない"って言っても、 君が結婚するまでは諦めないって言ってたもの」 「…何て男だ」 ハインリヒの執着心の強さには脱帽ものである。ミシェルもとんでもない男に好かれたものだ。 「それなら結婚すればいいじゃないか」 「うわっ! ヨハン! いつの間に?」 「…さっきの間だ」 ヨハンは涼やかな顔でそう言い放った。今は真面目モードらしい。 「話は大体聞かせて貰ったが、君達が結婚すれば問題は全て解決するぞ。いっそのこと結婚してしまえ」 「簡単に言わないでくれよ」 「なんだ。結婚を前提に付き合っている訳ではないのか? まあ、今のフランス国内で結婚だの語る のは時代遅れだからな。PACS※でも役所に届けてみたら、ハインリヒの熱も下がるかもしれないぞ。 どうだ? …おっと、いけねぇ。ここに来た用事を忘れるところだった。今から会議がある。 一緒に来てくれ」 ヨハンは自力修正すると、キリリと襟を正して真面目な表情を作った。 「了解。─────ところで、会議には…」 「もちろんハインリヒもいるぞ。二人とも頑張れよ!」 「…」 「…」 がちょ───ん と深い谷に落ちて行くオレとミシェルを見て、ヨハンはまたポツリと言った。 「だから、さっさと結婚しろって」 ※PACS(パックス):市民連帯契約法案。1999年11月にフランスで制定。




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