第13話 聞き込みの極意

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次の日から、さっそく捜査が始まった。 一口に捜査といっても様々だが、オレ達の担当はアルベール・デルビーの身辺調査、いわゆる "聞き込み捜査"が中心だ。 「ランディー、聞き込みの極意を教えてやるぜ。耳の穴かっぽじって聞いとけよ」 いいか、と覆面パトカーの中でスポーツ新聞をたたみながらヨハンが切り出した。 「聞き込みってのはな、紙に載ってねぇ情報を引っ張ってくりゃイイんだよ。例えばそいつの 性格とか、仕事の羽振り具合だとか、人付き合いとか、趣味だとか、そーゆー情報をモリモリ 集めて、まず行動パターンを頭にセットする。んで、今度はそいつと事件を見比べてトコトン 考える。そうやってりゃ、自然と答えがピカーっと見えてくるってモンよ」 「ふ〜ん。そんなもんなのか」 「あ〜あ。その言い方、お前わかってねぇな? とにかくな、要は相手を知れ!  そうすりゃ、そいつが犯罪を起こしそうなヤツかどうか、肌で判るってモンよ」 尋ねてもいないのに、ヨハンは自ら極意を伝授してくれた。それも2回も。 言葉使いは乱暴だが、彼は間違いなくいい奴である。 「しっかしよー。このアルベール・デルビーってのは訳わかんねーヤローだなぁ」 ヨハンはスポーツ新聞を丸めると自分の肩をポンポンと叩いた。 多少、今日一日の捜査の疲れが出ているのだろう。 オレはというと、ヨハンについて一日中聞き込み捜査に同行したものの、聞いているだけで精一杯 という有様だった。当然、聞き込みで得た膨大な情報はまとまらず、頭の中でぐちゃぐちゃになって いる。やはり素人は辛い。こういう時にIQ185のジュリーがいれば大丈夫だと思うが、今回ジュリーは 荷物の検査しか出動を許されていないので、聞き込み調査に同行する事はできない。 ジュリーがいなければ、オレはただの一般市民である。こんな人間が捜査メンバーになっていいもの だろうか? ハインリヒの考えていることは本当に理解できない。 「お前よぉ、ちょっと頭ン中整理した方がいいんじゃねぇのか?」 オレの心を見透かしたように、ヨハンが声をかけてきた。 「まとめようにも、何からまとめたらいいのかサッパリなんだよ…」 「いいか、午前中に奴の同僚に話を聞いただろう? そいつの話じゃ、アルベール・デルビーってのは、 仕事熱心で友達付き合いも良い、なかなかの男だ。この解釈に何か文句あるか?」 「…ないよ」 仮にあったとしても、「文句あっか?」と言われていうのは難しいと思うのだが…。 「そーゆー奴の中には時たま、裏と表の顔が違うのもいたりするモンだけどな、こいつに限ってはそん なんじゃねぇと俺は思ってる。オメェはどうだ?」 「───職場の同僚だけじゃなく、アパートの大家の評判も良かったしなぁ。挨拶はしっかりするし、 ゴミ捨てはマメ。近所とのトラブルもないし…。あ、捨て猫を飼ってるとも言ってたな。 そういう人間が犯罪を起こすかな?」 「大家からの情報は大体整理できてるみてぇだな。けどよぉ、ネコは余分だぜ。動物はカワイイけど 人間なんて大嫌いってヤツも世の中にはワンサカいるんだぜ」 「…そんなもんなのか?」 「そんなもんだ」 「へぇ〜」 「気のねぇ返事だな、オイ。余裕ありそうじゃねぇか」 ヨハンはニヤリと笑った。何か悪巧みをしているのではないかとドキリとする。 「大家からの情報ってのは、所詮ヤツの表面上の性格の一部に過ぎねぇ。そうだろ? それを根拠に "連続爆弾犯じゃありません"と言ったところで説得力はねぇぞ。この一日ナニ聞いてたんだよ?」 「…スイマセン」 「謝って解決するモンでもねぇだろうが。何かあるだろ? 何か出してみろ」 「う〜ん」 今の一文だけ聞いていたら、チンピラにカツアゲされているように思われそうだが、彼はれっきとした 警察官である。しかもたかっているのは情報である。 「ホラ、奴の会社の女子社員が言ってただろーが」 ヨハンは自分から振った割には我慢できなくなったらしく、早々にも助け舟を出してくれた。 「あ〜! キャンプに行った先で川に流された子供を助けたって話だな?」 「そーだ。やっと思い出したか。───いいか、よーく考えてみろ。とっさの行動ってのは本当の自分 が出る時だ。例え、日頃どんなに勇敢に振舞ってようが、根が弱ぇ奴はイザって時に腰抜かして動け なくなっちまう。だからな、川に落ちた子供を助けにいくなんてのは、そいつの親か、本当に勇気の ある奴にしかできねぇ芸当なんだよ」 「…なるほど」 「だから不思議でしょうがねぇのさ。そんなヤツはよっぽどの事がない限り、爆弾事件なんか起こさねぇ。 しかも連続爆弾事件となると、尚更不可解だ。実際、証拠もねぇしな。                   ───やっぱりヤツはシロと見るのが普通だろう」 ヨハンはポケットからタバコを一本取り出すと、口にくわえた。 「でもよぉ、必ず現場に現れるってのはメチャクチャ怪しいぜ。最初は芸能人好きの野次馬かと思った けどよ、公爵の屋敷にまで顔を出すのはヘンだろ? しかも、ヤツの友達に聞いた話じゃ、野次馬                     なんかするタイプじゃないってんだからな。何考えてるんだろうな? 全く参るぜ〜」 彼は火をつけずにタバコを吸いだした。どうやらタバコではないらしい。 よく見ると表面は紙ではなくプラスチックだ。 「その吸ってるやつ、何なんだ?」 「リラックスパイポだ。ハーブで頭がスッキリするぜ〜。お前もどうだ?」 タバコなら勧められたことはあるが、パイポを勧められたことは初めてである。 「いや、いいよ。禁煙中なんだろ?」 「禁煙なんてしてねぇよ。俺は元々タバコは吸わねぇからな」 「…じゃあ、なんでそんなもの吸ってるんだ?」 「さっき言ったじゃねぇか。ハーブで頭がスッキリするって。捜査で煮詰まった頭にコイツが効くのよ」 「…そ、そうか…」 なぜリラックスパイポを吸うようになったのか非常に気になるが、今は事件を優先することにする。 「ところで、ヨハン。明日はどんな予定なんだ?」 「朝から晩まで聞き込みだ。明日はヤツの家族の方を調べに行くぜ〜。テメェの方はどうなんだよ?」 「午前中は荷物の検査だ。午後は空いてる」 「そうか。じゃあ昼に一度戻ってくる。午後はまた二人で聞き込み調査だな。それまでにちゃんと 荷物検査終わらせとけよ」 「了解」 「よ───し、いっちょ飛ばして帰るとすっか?」 威勢良くヨハンがアクセルを踏む。まるで暴走族のノリである。 しかし、その肩にはしっかりとシートベルトが締められているのを、オレはこの目で確認した。




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