第3話 協力要請 

  ライン


「おーい、ランディー! お前さんに電話だぞー! 早く出てこーい」 地下室に老人の声が小さく木霊する。この声は、ここのファームの持ち主であるジェロームのものだ。 彼は随分と年をとってはいるが、トリュフ界では有名な目利きで、現在も元気に活躍しているスーパー おじいちゃんである。 「今、行きます」 軽く答えてから、トリュフを拾い集めて出口に向かう。 「なんで携帯電話を置いていくんじゃ。持っとらんと意味がないじゃろうが」 「ああ、すいません。上着の中に入れっぱなしになってたみたいです」 「いっつも忘れとるじゃないか。若いのに忘れっぽいな。ガハハハハ」 豪快に笑うジェロームに、苦笑しながら電話を探しはじめる。 実は、地下室は電波の状態が非常に悪いため、オレは普段から仕事中は携帯電話を持ち込まない               ことにしているのだ。この経緯をジェロームに何度か説明はしたものの、彼はすぐに忘れてしまい、 先程のような会話になってしまう。彼はまだまだ健忘症とは無縁なはずだが、興味のない話題は一向 に覚える気配がないのである。こうなると、オレはひたすら苦笑いをして受け流すことになる。 「もしもし?」 「ミシェルよ。仕事中にごめんなさいね。ちょっと急用があって…」 「別に構わないけど。何の用?」 「警察からの協力依頼なんだけど…」 「麻薬がらみの捜査?」 「そうじゃないわ。ほら、今ニュースで話題になってるでしょう?」 「…もしかして、連続爆発事件のことか?」 「………そう。ビンゴよ」 ミシェルは少し言いづらそうに、小さい声で答えた。 「ジュリーは麻薬捜査がメインだろ?」 「ええ。でも今回みたいな爆弾事件って滅多に起こるものじゃないでしょう? だから、警察局の爆弾 処理班の配属人数って、常時は少ないものなのよ。それで、こういう事態になると、他班から何人か 召集されるんだけど、麻薬捜査班にも要請が出て…。その…。ロイと、ジュリーにね」 「───でも、オレもジュリーも爆弾の知識はゼロだぞ」 「やってくれるの?」 「ああ。匂いを嗅いでいる間に、爆弾が爆発するような事態を防いでくれるなら」 「大丈夫。爆弾の処理はもちろん、他の専門家がやるわ。ランディーたちにやってもらうのは、プレゼ ントの検査だけだから」 「わかった。それならオレ達でも役に立てそうだ。そっちにはいつ行けばいい?」 「明日朝。また迎えに行くわ。協力してくれてありがとう」                 「いや、こうなるのはわかってたんだ。まさか、こういう形で休業になるとは思ってなかったけどな」 「えっ? どういうこと?」 「…ジュリーが予言してたんだ」 「ああ、そうなの。それなら心の準備はOKよね? じゃ、仕度をしておいて」 ミシェルは一般人ながらジュリーの超人的能力、いや超豚的能力を当然のように受け入れている 数少ない人間である。彼女はジュリーのIQが185だと知った時も、少しも驚かなかった。電話 でも普通にジュリーと話をしている。一体、彼女の目にはジュリーはどんな生き物に映っているの だろう? 「わかったよ。それじゃあ、また明日」 電話を切ると、ジュリーが丁度テクテクとこちらに歩いてくるところだった。 「明日、警察に行くぞ」 『あんた何か犯罪でもやったわけ?』 「…んなことするかっ! 爆弾事件の捜査班に入るんだっ!」 『わかってるわよ、そんなこと。ちょっとした冗談じゃない〜』 「そうか。わかってるんならいいよ。どうせ捜査はお前がするんだしな」 『その言い方は頂けないわねぇ〜。ランディーの通訳なしじゃ、アタシはただのブタになっちゃう んだから。ちゃんと仕事してよね』 「悪かったよ。仕事はもちろんやる。それにしても、見事に勘が当たったな」 『でも、あんまり嬉しくないのよねぇ。トリュフの顔が見れなくなるじゃない?』 シュンと萎れているジュリーを見ながら、オレは感心した様子で呟いた。 「へぇ〜。トリュフにも顔があったんだなぁ」 そのとき、相棒の頭の血管がブチッと切れる音がした。 『馬鹿言ってんじゃないわよ! トリュフに顔なんかあるわけないでしょっ!』 「お前があるっていったじゃないか」 『本当にあったら気持ち悪いわよっ! この馬鹿っ!』 ジュリーは一生懸命、オレのアキレス腱に回し蹴りを入れている。普通、回蹴りというものは回ること によって回転力をつけ、攻撃の威力を上げるものなのだが、ジュリーの場合はかえってスピードが落ち てパワーがなくなっているような気がする。おかげでオレはマッサージされているような気分である。 「ま、このへんで明日の支度しようぜ、相棒」 『そ〜ね。朝も早いことだし』 ひとしきりふざけて満足したオレ達は、そそくさと準備に取り掛かったのだった。




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