「なんだって! もう犯人の目星はついてるのか?」 オレは驚きの余り、狭い車中であるにもかかわらず大声を上げてしまった。 「ええ。でも単に怪しいってだけで、証拠は何もないんだけど」 「犯人は男?」 「ええ、そうよ」 「どこが怪しいんだ?」 「彼の行動がね…。必ず事故現場にいるのよ」 「それは確かに怪しいな。でも、現場って人がたくさんいるだろ? よく気がついたな」 「そうね。普通の地味な人なら気づかなかったと思うわ。でも、彼はすごく背が高くてとにかく目立つ のよ。…警察官じゃなくたって、目に止まりそうなものよ」 「そんな有力候補がいるなら、ジュリーの出番はないんじゃないか?」 『そんなことはない。我々には、爆弾が仕掛けられているかどうか判別すべき小包が大量にある。 第一、犯人の証拠もロクに挙がっていないうちに、一人に絞ってしまうのは他の可能性を潰す危険性 が高い。捜査はまだこれからだ』 「お、ロイ! 久しぶりだな」 ミシェルに代わってオレに説明してくれたのはシェパード犬のロイである。彼の沈着冷静な態度は いかにも警察犬らしく、頼りになる。 「一緒に仕事ができて嬉しいよ」 オレは挨拶代わりに自分の手をロイの鼻に近づけた。彼の方も鼻先でオレの手をツンと押して応えて くれた。 『足手まといになるなよ』 「もちろん」 オレとロイは互いに微笑みあった。 「ちょっとちょっと、男ふたりでだけで盛り上がってないで、私とジュリーも仲間に入れてよ」 ミシェルが後部座席を振り返って手を出した。ジュリーも足を出している。 「よし! みんなでいっちょ、頑張りますか!」 『「お〜!」』 笑い声に包まれた車は、着々とフランス警察局へと針路を進めていた。 「───"情報管理課" ここだな」 ドアのプレートを確認してから、オレは中に入った。室内はパソコン1台ごとに細かくデスクが仕切ら れていて、大勢の人がパソコンに向かっている。当然、こちらから顔は見えない。 人を探すのはかなり困難そうな部署である。とりあえず、ぐるっと周りを見渡してみると、運のいい ことに、一番手前の仕切りの壁にデスクの一覧表が貼ってあるのに気づいた。さっそく目的の人物の 名前を探しにかかるが、人数が多いこともあって、なかなか見つけることができない。 「どなたの席をお探しですか?」 親切にも一人の女性が声を掛けてくれた。 「ダイアン・ウォルスタインさんをお願いします」 「E−3ですね。こちらです」 彼女は一覧表ですばやく確認すると、わざわざダイアンの席まで案内してくれた。 「どうもありがとう」 御礼を言うと、彼女はニッコリ笑って歩いていってしまった。 ダイアンはオレが隣にいることに気づいていないらしい。目にも留まらぬ速さでタイピングをこなし ている。相当、集中しているようだ。 「おはよう、ダイアン。今、時間いいかい?」 「あ、おはようございます。御話はミシェルさんから聞いていますので…こちらに来てください」 そう言ってダイアンはデスクから立ち上がると、分厚いファイルを持って歩き出した。オレも遅れない ように彼女の後を追う。 「ここで説明しますので、中に入ってください」 ダイアンが立ち止まった所は、"第三会議室" と書かれた部屋の前だった。 警察長官とか警視総監とかお偉いさんがいたら嫌だなぁ、と思っていたが、中には誰もいなかった。 机と椅子しかないせいか、異常に広く感じる。 ダイアンは入口に近いテーブルにファイルを置き、パイプ椅子に座った。オレもその隣に腰掛ける。 「それでは、今回の事件について詳しく説明します。概要については既にご存知ですよね?」 「ああ、新聞に載ってるぐらいのことなら」 「一応、初めからお話します。───まず一人目の被害者は俳優のジャック・レイモンドで、二人目 の被害者は女優のエステル・リッチです。この二人はファンレターの爆発により、顔面に大怪我を 負っています。どうやら、カードのメロディーボタンを押すとプラスチック爆弾のスイッチが入る 仕組みになっていたようです。今、軍隊の協力も得て爆弾の調査をしていますが、犯人の手がかり となるものは何も見つかっていません」 ここでダイアンは一息ついた。オレがちゃんと聞いているか確認しているようだ。 「ああ、それで?」 「つい先日、被害に遭ったモデルのマリー・ラロークの件ですが、彼女の場合はオルゴールの爆発に よって負傷しています。警察もファンレターには注意していたのですが、オルゴールに換えてきた ために対応が遅れたという事実があります」 「そうか…。容疑者については?」 ダイアンは手に持っていた資料を脇にどけ、新しい資料をファイルから取り出した。 「容疑者は、この3つの爆発事故全ての現場に姿を見せています。名前はアルベール・デルビー。 30歳、独身です。化学薬品会社の開発部に勤めていることから、事件の実行も可能だと思われます。 しかし、証拠がないので逮捕はできません。任意同行をするという案も出ていますが…。 今、わかっているのはこれだけです」 「そうか…。一般民の知らないところで、こんなにも事件の捜査が進んでるなんてなぁ…」 「新聞やニュースには、確定したことしか流しませんから。くれぐれも口外しないようにお願いします」 「もちろん、当たり前だよ。今のオレは警察の一員なんだし───」 「───爆発事故が発生。爆発事故が発生。場所は、パリ郊外のベルサイユ。ギョーム・ベルトゥール 伯爵の屋敷だ。捜査班は至急現場に直行せよ」 会議室のスピーカーから緊急コールが流れ出した。オレとダイアンは互いに顔を見合わせ、同時に椅子 から立ち上がった。 「こっちです!」 「…待ってくれ! ジュリーを連れてこないと…」 「ミシェルさんと一緒にいるんですよね。それなら心配要りません。絶対連れてきてくれますよ」 ダイアンは足早に廊下へと駆け出していった。