第7話 ヨハン登場

  ライン


「こちらでございます」 重い足取りで老人が歩いて行く。ハインリヒは傍にいた警察官に何やら指示を出すと、老人の後に 続いて歩き出した。ミシェルとロイもそれに続く。 「ロッドマン。君と相棒はこっちに来てくれ」 オレに声をかけてきたのは、先程ハインリヒから指示を受けていた男だった。 『何でそっちに行かなきゃなんないのよ?』 ブーブー言うジュリーを抱き上げて、オレは彼の方へと方向転換した。 『ちょっと! ランディー。何でそいつの言うことなんか聞くのよ?』 『ジュリー。わがまま言うなよ。指揮官の命令だぞ』 『何を物分りのいい公務員みたいなこと言ってるのよ!』 ジュリーはオレの腕の中で暴れに暴れている。その間に、ハインリヒ達は見えなくなってしまった。 『あーもうっ! 何でロイは良くてあたしは駄目なのよっ! ハインリヒのバッキャロー!』 ジュリーは短い手足をバタつかせ、思いっきり絶叫した。これではまるで駄々っ子だ。 オレはジュリーを抑えているだけで精一杯である。 「仕方ないだろ。落ち着けよ、ジュリー」 「怒るのも無理ねぇよなぁ。アイツは絶対にミシェルとあんたを離したかったんだ。ホントに汚ねぇ手 を使うよな」 突然話し掛けられて、オレもジュリーも一瞬動作が止まった。驚いて隣を振り返ると、そこには相変 わらず、一人の男が立っている。ハインリヒから指示を与えられていた男である。 他には誰もいない。 「今、喋ったのって…もしかしてあなたですか?」 「…俺の他に誰が喋るってんだ?」 彼はニヤリと笑ってみせた。目もいたずらっ子のようにクルクルと踊っていて、警察官の制服がミス マッチに思えてくる。この変貌は一体どういうことだろう? 『ねぇねぇ。二重人格かどうか聞いてみてよ』 『そんなこと聞けるかっ!』 『でも気にならない?』 『…確かに』 オレは探求心に負けた。彼の様子を窺いながら、言葉を選んで話してみる。 「あの…。さっきと随分態度が違いませんか? オレの気のせいかも知れませんけど」 彼はオレの肩をバシバシと叩きながら、豪快に笑い出した。 「気のせいなんかじゃねーよ。俺の名前はヨハン。あんまり言葉遣いが悪いもんだからよ、仕事中は 標準語を使うように心掛けてるって訳よ。俺ってなかなか役者だろ?」 「…今も仕事中なんじゃないですか?」 「おっと、敬語はよしてくれ。フツーにタメ口利いてもらって構わねぇよ」 「…はぁ…わかりました」 彼はオレの質問には答えず、マイペースに話を進めていく。 『本当に凄い言葉遣いの警察官だわねぇ』 ジュリーがしみじみと言う。こいつをこんなに感心させるなんて、珍しいこともあるものだ。 「あの…それで、オレ達は一体何をすればいいんです?」 「オイ、てめえ、何で丁寧語なんだよ。俺の話聞いてたのかよぉ?」 言葉遣いは確かに荒いが、目が笑っているところをみると、結構いい人なのかもしれない。 「そんなに言うなら、遠慮なく話すよ。オレ達の仕事を教えてくれ」 ヨハンは満足気に深く頷くと、建物の入り口を指差した。 「とっておきの仕事だぜ〜」 「何?」 「城の前で見張り番だ」 「…どこがとっておきなんだよ…」 力なく呟くオレの横で、ジュリーが突然、勢いよく庭を掘り出した。 「何してるんだ?」 『あたし、見張り番なんてゴメンよ。このまま家まで掘り進んでやるわ』 「その意見に賛成。でもなぁ、家に帰るのはこの仕事が片付いてから…」 『こっちは依頼されて捜査に協力してるんだから、仕事を選んだっていいでしょ?』 「確かに依頼って形だけどな、オレ達大した手柄も無いんだぞ。選べるわけないだろう」 『あんた、やたらと物分りいいのね。あたしは嫌。ここで砂浴びして身体を清めてるから、見張り番 行ってきて』 ジュリーは本格的に駄々をこね始めた。こうなると結構、厄介である。 「お前、こっちに来る前にシャンプーしてただろ? 砂浴びの必要あるのか?」 『…まぁ、無いわね』 意外にもあっさりと認めた。 「じゃ、行くぞ」 『い〜や〜。一人で行って』 ここは認める気はないらしい。素直なのか頑固なのかわかりにくい性格だ。 「嫌でも行くんだよ。凡人のオレが見張り番しても、何の意味もないだろ? お前に捜査依頼が出て るんだから。お前が行かなきゃダメなの。わかった?」 『…はいはいはい。行けばいいんでしょ? 行けば』 ジュリーはブツブツ言いながらも蹄についた土を払うと、オレを置いてさっさと歩き出した。 しかし、少し歩いてすぐに後を振り返る。 『ひとつ訂正させてもらうけど、捜査依頼はあたしにだけ出てるわけじゃないわよ。早く来ないと 置いてくからね』 素直ではないが分かりやすい相棒は、スタスタと門に向かって歩いていった。




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