「お手柔らかに。よろしく」 「ええ」 組手が始まったが、ミシェルは再び他に意識が飛んでしまっている。 ―――事件は無事に解決したから良かったけど、あの余裕は何よ? ジャンの中段への前蹴りをかわしながら、右手を軽く飛ばす。 ―――私が聞きだせなかったD・カルロスの情報もすんなり手に入れてくるし…。 いくら同級生って言ったって、私にだって捜査官としてのプライドがないわけじゃないのよ。 ジャンは長期戦にするつもりはない様子で、早いピッチで蹴り・突きを入れてくる。 それをかわしながら、ミシェルは再び考える。 ―――でも、捜査官のプライドなんて、はっきり言ってくだらないわ。 一番気に入らないのは… どうして、私が貸してるアパートに………
女性を連れ込んで平然としてるのよっ! 「うおっ」 突然、前にいたジャンが腹部を押さえてその場にうずくまった。 どうやら、ミシェルの怒りの鉄拳が、彼の腹部に決まったらしい。反射的に動いていたため、 いつ、どういうタイミングで突きを出したのかはよく覚えていない。 「あ、ジャン、ごめんなさい。大丈夫?」 「…あぁ、何とかね。相変わらず、君の正拳突きは効くな」 ミシェルはジャンに片手を差し出し、彼を起こすと出口に向かって歩き出した。 「もう帰るの?」 同僚が声をかける。 「ええ。今日は調子が悪いの」 「何言ってるのよ? ジャンにも圧勝だったのに」 マリーはキョトンとした表情をしている。 「体の調子は、そんなに悪くないんだけど…今日はもう帰るわ」 ミシェルは同僚たちに手を振った。 ―――恋の調子がものすごく悪いのよ。あ〜あ。 ミシェルは武道場を後にした。 −完−