「国際交流」 

  ライン


                  「…で。感想は?」                   娘を問いただす父親のようには、なりたくない。できるだけソフトに訊いてみる。                   『そうねぇ。イタリア男だけあって、やたらと褒めちぎってくれるのは面白かったけど』                   「例えば?」                   『君はなんて美しいんだ、とか、君と話していると心が洗われるようだ、とか色々』                   「…なんだそりゃ。見えてないんだろ?」                   『もちろんよ。見えてたら褒めないでしょうが』                   確かに。チャットの相手がブタだと知ったら、驚きで褒めるどころではない。でも、                   もしかしたら、ブタがパソコンを扱えるということに賛辞を贈る人はいるかもしれない。                   「おまえ、人間の心を弄んだりしたら駄目だぞ」                   『大丈夫よ。口説かれたけど、丁重にお断りしたから』                                      ジュリーはフフンと鼻を鳴らした。オレには、コイツに丁重な断り方ができるとは思えないのだが…。                   「…断ったあたりを、もう少し詳しく」                   『なによ。あたしのこと、信用してないわね?』                   「信用してるよ。ただの興味だよ、興味」                   努めて軽い口調で答える。                   『最初は世間話をしてたんだけど。お互いの自己紹介になってさ、相手があたしのスリーサイズ                    とか聞き出したのよ。で、返答に困って、適当にそこらのモデルのスリーサイズを言ったわけ』                   「…ウソついたのか…」                   『しょうがないでしょ! 本当のこと言った方がウソっぽいんだから!』                   「まあ、確かにな」                   妙に納得したので、それについては深く突っ込まない事にする。                                「で、相手の反応は?」                   『あたしの言葉を信じちゃったみたい。段々、鼻息荒くなってきて、次は下着の色は何?                    とか、やたらとしつこく聞いてきて…』                   「…オマエ…それにも答えたわけ?」                   『一応、ラベンダーって言っといたわ』                   「…」                   また軽い眩暈がしてきた。アホな男にいいように誘導されて、相手が喜ぶような答えを言って                   どうする…。ああ、眩暈だけじゃなく、耳鳴りまでしてきたぞ…。                   『ランディー、電話鳴ってるわよ』                   「なんだ、電話か」                   耳鳴りは気のせいだったらしい。椅子から立ち上がり、受話器を取り上げる。                   「ジュリー、お前に国際電話だ」                   『…イタリア男だったら代わらないわよ』                   ジュリーが即答する。噂をすれば何とやら…と言うし、オレもてっきりイタリア男かと思って                   いたが、そうではなかった。                   「心配するな。日本からだ」                   『日本〜? 何か注文でもしてたっけ?』                   ジュリーは怪訝な表情で、パソコンに向かって電話回線と繋ぐ操作を始めた。                   「もしもし。…そうよ。私がジュリー。え? ああ…そう…。ふんふん。…そうなの? うん…」                                      珍しいことがあるものだ。ジュリーがひたすら聞き手に回っている。                   「…ふんふん…そう。わかったわ。じゃ、失礼するわね」                              ジュリーはそつなく対応して、電話を切った。こんな大人な対応をするヤツだったとは、正直驚き                   である。オレの育て方も、そんなに間違ってはいなかったらしい。                   「何だった?」                   『日本の砂海って人から、ちょっとしたお願い』                   「…誰だそれ? お願いって何を?」                   オレにはちんぷんかんぷんである。                   『ちょっと説明が難しいのよね〜。なんていうか、う〜ん…困っちゃうわねぇ…』                   「とりあえず、言ってみろよ。わかりやすく言わなくてもいいし」                   『じゃ、言うわ。…その砂海って人がね、自分のHPに年齢制限をつけるつもりはないし、裏ページを                    作る予定は今のところないから、過激な話をするのはよしてって』                   「…なんだそりゃ…。サッパリわかんないぞ」                   『わかんなくてフツーよ。このグレーゾーンに踏み込むのは私も初めてだしね』                   ジュリーは意味深に頷いている。しかし、彼女自身もそれ以上の説明手段は持っていないらしい。                   となれば、オレにはこれ以上、理解できる余地はなさそうだ。                   「オレにわかんなくても、おまえがわかってればいいや。…それより、おまえ、さっきのイタリア男                    なんて断ったんだよ?」                   『あ〜、その話ね。そいつ、しつこいからアタマにきてさ。ブラのサイズを聞かれた時に、言って                    やったのよ!』                   「何て?」                   『Aカップのブラジャーを縦に7枚同時に使ってるブタだけど、何か文句ある!?って』                   ジュリーは誇らしげに胸を張った。実際に下着を持っているわけではないが、身に着けるとしたら、                   確かにそうなる。                   「相手は何て?」                   『私が突然ヘンなこと言い出したから、ビビって逃げちゃったわ。いい気味よ!』                   フフンと鼻を鳴らしながら、蹄をカチカチとテーブルに打ちつけている。                                       「まあ、後腐れなく相手と切れて、よかったな」                   『そーね。不幸中の幸いよ。もう出会い系サイトは卒業っ! ひと眠りしてくるわ♪』                   ジュリーは切り換えが早い。さっさと椅子から下りると、ベッドに向かって歩き出す。                                     『昼ゴハンには起こしてね。おやすみ〜』                   「わかったよ。おやすみ」                   オレはジュリーを送り出してから気が付いた。                   朝ゴハンは今食べたところなのに、昼ゴハンも食べる気らしい。                   さすが、食欲旺盛なブタである。                   …昼ゴハンは、ヘルシーなキノコ料理でも作ってみるか。                   オレはジュリーを起こさないように、静かにテーブルを片付け始めた。




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