「鈍感力」

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夕食後にボーっとテレビを見ていると、画面にテロップが流れた。  「なんだ?」  『芸能人の訃報』 ジュリーはしっかりテレビを見ていたようだ。フランス国内では有名な個性派俳優が亡くなったと 教えてくれた。  「有名人だと、テレビや新聞で報道してくれるからいいよな」                   『ふうん。あんた、新聞とか載りたいわけ? そうね…有名じゃなくても、犯罪の被害者とかになれ                    ば載れるわよ』                   「…お前…オレはそういう載り方だけはイヤなんだけど…」                   『人生、どこで何があるかわかんないわよ。用心しときなさいよ〜』                   「確かになぁ。気をつけてたって何かの事件に巻き込まれることだってあるしな…。でもまさか、                    ジュリーの口から用心しろなんて聞くとは思わなかったな」                   『あたしだって、時々は慎重に物事考えてるのよ。これでも』                    ジュリーは少し頬を膨らませて見せた。確かにジュリーは普段無鉄砲なところもあるが、それは平穏                    な日常生活の中に限ってのことである。実は案外、危ない橋は渡らないタイプなのである。ただ、                    IQが185もあるせいで、オレには理解できない不思議な行動が多々あることも事実だ。                   『まあ、人間に生まれたって時点でラッキーよね。ブタ業界なんか大多数が食肉用で、年頃になったら                    シメられちゃうんだから。天寿を全うなんて夢のまた夢よ』                                       ジュリーはそう言うと、鼻からフーっと煙を出した。                    言っておくが、これは最近ジュリーが買った「酸素エアチャージャー」の水蒸気である。                    タバコは嗅覚を低下させるらしく、ジュリーはあまり好きではない。                   「人間に生まれたかった?」                   『何とも言えないわね。人間には人間の苦労があるんでしょ、きっと。ブタに生まれた以上、ブタ以外                    の生き方は経験できないし』                   「お前の場合、人間の生活にだいぶ馴染んでる感じだけど…」                   『まあね。あたしはエキセントリックなブタだから、人間世界は割と快適よ。ブタは雑食だから、                    食事も合うしね〜』                   「そういえば、お前って平気で豚肉食べるよな…。あれ、どういう心理なんだよ?」                   『一言で言うなら、鈍感力ね』                   「…鈍感力?」                   『ブタって動物自体が食用に作られてるわけでしょ? そのスタートに疑問を持たなければいいのよ。                    そうすれば、スーパーにベーコンが並んでいようが、朝食にハムが出ようが、自分はクールでいら                    れるってわけ。食べるのも同じね。ベーコンになるべくしてなったんだから、出てきたら食べる。                    それだけ。鈍感力が大事なのよ〜』                   「そっか、お前の言う鈍感力ってのはそういうことか。ホントにタフだよな〜」                   『鈍感じゃなきゃ、ブタとしては生きていかれないわよ』                   「…そうなると、人間は悩み過ぎてるってことか?」                                     何気なく口にした言葉に、ジュリーは意外にも強く反応した。                   『むしろ悩み足りないんじゃない? これ程、強い影響力を持っているんだから、悩んで悩んで                    悩み倒して、道を選んでもらいたいもんだわ』                   「…」                    いつになく真剣な表情のジュリーに、オレは返す言葉もなく沈黙してしまう。                    そんなオレを見て、ジュリーはニヤリと笑った。                   『ランディー。あんたはまず、その鈍感さをどうにかしなさいよっ!』                   「ええっ? オレって鈍感?」                   『残念だけど、人間にしては恐ろしく鈍感。ミシェルが気の毒で仕方ないわ』                   「…あ? ミシェル? 何で今出てくるんだ?」                   『…ダメだこりゃ…』                    ジュリーは深いため息をつくと、オレから視線をテレビに映してしまった。                    もちろん、どんなに考えてもオレの頭に答えが浮かぶ事はなかった。                   




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